心の痛覚を蘇らせるために七転八倒

優しい心を持って、人間らしく生きたい

お人好し

私のある友人のことなのですが、

友人は知人や恋人に"困っているんだ、金を貸してくれ"とせがまれ、渡して騙されたのに気付くとその都度泣いているのです。
私は「悲しい思いをするのだから渡さなければいい」と言ってみたことがあったのですが、友人は真っ赤に腫らした目を向けて不思議そうな顔をしました。
「だって、本当に困っているかもしれないでしょう」
私はその言葉に何も返せませんでした
ただ、彼女はそういう人だったのです。
少し悩んでから、泣いている友人に「今度、そう言われたら一回私に相談してね」と言いましたが、彼女はへらりと笑って
「**ちゃんは優しいねえ」
と言ってのけたのでした。

仕方ない

そんなことを気にしても、何にもならない

 

その一言で全てを片付けようとする私の思考はずっと誰にも咎めてもらえなかった

だから心無い言葉を浴びたって、何されたって、何を感じたって、考えたって。

そのうちに私は他人の言葉へ興味がなくなった

ああ、仕方ないなぁって笑っていた

好きの反対は無関心ってこういうことなんだろう

私は人のことを好きでも嫌いでもなかった

信じる方が泣くんだって、期待する方が馬鹿なんだって、望む方が間違ってるって

結局そうなんだから

自分の身は自分で守るし、拒絶された時の痛みを覚えるのなら受け入れてもらおうなんて思わない

1本。

線が引いてあって、決して踏み込まないし踏ませない

突き放したり、逃げたり、干渉しなかったり

だって、仕方ないよなあ

 

「どうでもいいや」

 

そうやって笑ってれば泣かないんだから。

誰のことも嫌いにならないし、平和でいいでしょ

 

 

ただ私が諦めるだけ、それだけでいいんだから。

音楽を売った

よく笑う人だった

小さな身体で大切そうに楽器を抱え、音を奏でた

心底音楽が好きだというように毎日一生懸命だった

私のくだらない意見を聞いてくれた

楽しいねと私に音を重ねた

そんな彼女は、私の相棒だった

 

彼女はいつも褒められることより、素敵な演奏を志していた

私のように下心で奏でる演奏ではなかった

それでも彼女は私の音楽を褒めてくれた

微笑みながら"悔しい"と、零していた

 

だから、いつも私に主役を譲ってくれようとした

彼女は優しすぎる故に自己肯定が足りていなかったのだ

"君の方が上手だから"と手を振った

それが同じ土俵に立つことを恐れているようにも、私のプライドへの気遣いにも見えた

それがどうしても腹立たしかった

 

"最初から引かないで勝負してくれ"、とつい言葉を吐いてしまった

それと同時に気づいてしまった

私は彼女に抜かされるのが、いや、彼女の方が上手いことを認めるのが、それが明るみになるのが嫌なのだと

恐れているのに、口にしてしまったことを後悔した

彼女も私も、お互いに甘えていたのだ

 

案の定彼女は翼を広げた

今まで私に当てられていたスポットライトが彼女を照らしているように思えた

それでも周りは私に拍手を送った

静かな畏怖だった

そんな私を見て彼女は笑った

"すごいね"なんてふざけたことを抜かしたが

私に持てる自信など、もうどこにもなかった

 

自分の音が好きになれなかった

音楽を愛せなかったからだ

君の音が好きだった

音楽を、愛していたからだ

 

私だって初めて楽器を手にした時は心が踊った

キラキラして見えて、頑張ろうって思えた

そして誰よりも上手くなりたいと、いつだってくだらないプライドが私の全てを消し去った

認めてもらうことこそが私にとっての音楽だったから

 

手紙を書いた

君のおかげで幸せだったと、都合のいい言葉を並べた

それでも彼女は素直に喜びそして、笑ってくれるだろう

だからそれが最後だった

 

解散して、何ヶ月か経って楽器を売った

誰にも話していない

手元にそれなりの金額が入った

彼女は楽器を続けているようだった

 

彼女から逃げるように音楽を辞めた

兄のドリフトを真似するようになった

眩しいくらいに楽しい

これもまだ、誰にも話していない

 

彼女からの連絡は、来ない

他の誰からも連絡などない

所詮はそんなものだったのだ

抱きしめた分だけ返ってくる

私は何も愛していなかった

 

だから全てを無かったことにしたかった

私が傷つかないための我儘だ

彼女のことも、仲間のことも、楽器のことも、音楽も

お金で隠して、忘れてしまおう

 

ほんの少しの輝きなど、人生において取るに足らないただの指標だ

私は悪くない、私は間違ってない

大丈夫、大丈夫

きっと強い光が私をきちんと導いてくれる。

次へ

音楽が好きだった。

これだけは特に良く褒められたから

 

「あなたは器用だから」

 

いつも誰かしらにそう言われていた

きっと私は人並み以上にこなすことが上手いのだろう。ならばその期待に応えなければ。

無意識の内に私は、周囲が望む以上の結果を常に出せなければ、私にそれをする価値はないと思い込んでいたらしい。常に人より上に、でなければ音楽も、私がやる意味がなくなってしまう。次第に全ての物事がそんな考えに染まっていった

誰のためじゃない、紛れもない自分のために。自身の存在価値のために期待に応え続けなければいけない。でもそれも決して無駄ではないと信じていたから、不思議と苦痛にはならなかった

 

私はいつでもそこにいた

ステージで演奏すれば客席の一番後ろに、私が座っている。静かに私の演奏を聴いている

多分私は私に聴かせるために演奏していた

誰かに主役を取られそうになると私が私を嘲笑った

「下手くそ」

無機質なその一言が怖くて震えが止まらなくなった

緊張したことのないステージで私が冷静でいられなくなるのはいつだって私のせいだった

 

音楽をやめた

大金叩いて買ってもらった楽器も売ってしまった

まだ、誰にも話せていない

楽器の音を、自分の音を、聴けなくなった

それでも私の心の最深部に隠された誰かが、鳴り止まない拍手を浴びせてくる

「素晴らしい」

「魅せられた光に向かって無様に歩き続けるといい

それが正しい選択でなくとも、世間で謳われる幸せでなくとも、他人に嘲笑われようとも、自分が笑っていられる選択をいつでも迷わずにしなさい」

私の人生の頂点は、此処じゃない

私にはまだ、時間がある

私は私がやりたいことをやるために、結果を残して己の価値を見出し、憧憬に向かって進む

 

「あなたは器用だから」

 

私は器用だから、

どこまでも歩いていける。

兄妹

「本気なら、連れてってやるよ」

彼にとっては何気ない冗談だったかもしれないけれど、下から見上げた彼の姿に、光が射した気がした

私の憧れは、昔からずっと、君だったのだ

彼の見る世界を見てみたかった、私も彼の見る景色に居たかった

彼と一緒に笑いたかった、笑ってほしかった

これが、本当の私の夢だった

 

同じ世界に、やっと立てた

それも、彼が手を引いてくれた

「ようこそ、こっちの世界へ」

 

いつだって君は、私の憧憬の的だ

もう、諦めてすらいたのに、

 

「お兄ちゃん、」

 

いつも私が憧れるようなきらきらしたものを魅せてくれるのは、彼だけだった

頭に乗せられた無骨ながらも、まだ若い温かな手が、

私を照らす希望の光だった。

おはようを消したい

睡眠時間の少ない私は、いつでも目の下に大きな隈をこさえていて、それを病的な何かだと思い触れない人や、気に留めない人、気味が悪いと影で噂したりする人もいます。

別に精神的な病を患っている気は毛頭ありませんが、私の悪い癖だとだけ言っておきましょう。

自分にとって都合の悪いことが起こると分かっている時、明日が怖くなりませんか。

夜が来て、眠ったら日が昇って、今日になってしまう。眠ってしまえば朝になるまで、あっという間です。誰もが睡眠に対して6、7時間、ただじっとしていたなんていう感覚はないでしょう。今日という日を少しでも伸ばして明日を遠ざけようとする私なりの抵抗が、「眠らない」という行動でした。

しかし、初めから分かっていました。いくら今日を伸ばしたところで日は昇り、今日は私を照らし、古い今日を消化していくことを。毎日カーテンの隙間から覗く朝日と、澄んだ空が私をどうしようもなく現実に引き戻すのです。そこに「悲しい」なんて感情はありません。私がいつも感じていたのは、自分に対する呆れでした。睡眠時間を削って、叶うことがない幻想を理解していながらも追い求め、わざわざ自身の行動効率を落とすなんて微塵も利にもならないことをなぜ繰り返しているんだと。叱責とも言えるでしょうか。

きっと私は心がないのではなく、弱いのでしょう。(だからこそ、私も見つけられない場所に置いてくることで守っていたのだけれども)

これを私なりの心の芽生えだとするならば、どう大切にしていけば良いのか私にはわかりません。何処かへ追いやることでしか守る術を知らない私は、これからも睡眠時間を削りながら明日への恐怖に怯え続けなければならないのでしょうか。今は昔ほど酷くはないものの、夜のまま永遠に朝日が昇らない幻想を今でもまだ、ひとりの暗い闇に描いたままです。

ごめんねベイビー

「心ってどこにあるの?」

澄んだ目を輝かせて盛る好奇心の怪物は随分とファンタジーな質問を私に投げかけました。

ベランダで煙草を吸っていた私の元へわざわざやって来たところを察するに、周囲の大人たちは怪物が満足するような回答を与えてはくれなかったのでしょう。その真剣な様子からその疑問が大きく膨れ上がってしまっていることを悟った私は先輩から貰って以来愛煙しているショートピースを雑に灰皿へ押し付け、「逆にどこにあると思う?」と今までの回答を踏まえた上での意見を聞いてみることにしました。すると、少し悩んだような素振りを見せながら、やがて「ここ!」と自身の胸板の中心辺りを指したようでした。その様子を可愛らしいなあと眺めていると「違うの?」と不安げな声と行き場のない手をオロオロ漂わせる姿がなんだか面白くて思わず笑ってしまいました。不満そうにこちらの言葉を待つ相手に謝りながら、さらに意地悪く「それは心臓の横?」と尋ねてみると「え!?」と声を上げ、あからさまに困ったような顔をして動揺し始め、「なんでなんで!!?心臓なの??」と切羽詰まったような声で正しい回答を急かしてくる無邪気な子どもの小さな頭を撫でながら望まれているようなものではない私なりの答えを何とか正しく変換しようと思案します。

心臓にあるのは血液循環の最重要臓器だけで、心なんて幻想は存在しない。

かのアリストテレスは、好意を寄せる相手に対して胸がドキドキするのだから心臓と唱え、医術の祖ヒポクラテスは脳にあると考えました。他にも心は身体とは別に存在する考えや、心の場所を問うこと自体が間違いだという考えもあります。外側から人間の振る舞いを見たとき,心があるように見えるだけであって,実際には物理的実体である脳だけがあり、心の本質的な感情を作り出すのは脳なのですから「心は頭部(脳)にあるのではないか」というのが私の回答です。

あまりにも夢のない自身の回答に呆れながらも、改めて子どもの目を見据えて言葉を紡ごうとすると、澄んだ瞳の奥に広がる宇宙と目が合い、何故か私は無意識のうちに口から「さあ…」とつまらない一言を溢しました。直ぐに、私の少し下あたりから「えぇーー!!!??なんで教えてくれないの!?」と非難の叫びを挙げる子どもの声で意識を自身の元へ取り戻し、暫く呆気に取られて身動きを取れないでいた私でしたが、下から腕を引っ張られて揺さぶられる感覚のおかげでひとつ、結論を出すことが出来ました。

知らぬが仏。わざわざ夢を壊してやる必要もないのだと、子どもの世界を優しく守るどこかの銀河に力強く抑制され、そう言われたような気がしました。

無垢な子どもに嘘をついた私は未だに収まる気配のない怪物を室内に追いやり、そんな言い訳を浮かべながらも誤魔化すように缶の中からまた一本、取り出しました。