灰色の空

あした晴天なら

才能の活かし方

私には、他の人より少しだけ力がある

それは握力とか物理的なものじゃなくて、要は"器用"だとか言われるもの

昔からそう言われてきたし、自分でも何となくは理解していた

他の人より、柔軟に対応できるってことなんだろうなって。

ただそれは、歳を重ねるごとに疎まれるようになった

"何でも簡単に出来ちゃって凄い、羨ましい"

最初はみんな褒めてくれた

けど、凄く努力したことも、その括りにされてしまった

"生まれた時からの差だよね、比べられたくない"

そう言われてしまうと、どうしていいかわからなかった

何もかも不器用で、"難しいね"とへらりと笑っている人に"それな、出来るわけないよね"と沢山の人が寄っていった

器用って、良いことないな。

周りの目を気にするたびに、手元が狂った

不器用で、何も出来ない方が愛されている

しかし、必ずそうであるとも限らないことを私は知っていた

だからこそ、どうしていいのかわからなかった、口をどう開けばいいのか、恐ろしくなった

器用である私は、考えた。

 

"ぶきっちょ!仕方ないなあ"

少し経って、必要以上に自分の持つ力を出すことをしない世渡りの仕方を学んだ

絵だって、学だって、運動だって、歌だって、なんだって。

周りと同じくらいなら、そうであるなら、きっと。

 

"何が得意なの?"

 

何だろう?不器用だからなあ。

 

へらりと笑えば、笑ってくれた

努力だって何だって自分以外には関係ない

柔軟に対応出来るって、こういうこと

 

 

私には、他の人より少しだけ力がある。

すなわち、私は器用である。